低酸素ストレス

2017-03-10

Column


多くの生命現象は、外界からの刺激を認識し、うまく適応するシステムを持っている。特に、過剰な刺激や生命の存続を脅かす刺激(バイオストレス)に対して適応するシステムは、生物が生存していく上で必要欠くべからざるものであり、いわば緊急状態に対処すべくプログラムされ、このシステムを発動させる刺激はバイオストレスシグナル(生命ストレス情報)として認識されている。私達は、このバイオストレスシグナルの中でも特に酸素濃度の変化による細胞内の情報伝達系に注目している。酸素濃度の変化は、細胞内のカルシウムを変化させ、蛋白分解や転写因子の活性化など蛋白合成に大きな影響を与える。カルシウムに反応する重要な因子として脱リン酸化酵素であるカルシニューリンがあり、また、低酸素に反応する必須の転写因子として低酸素反応性因子HIF (hypoxia inducible factor)が存在し、私達はこれらの因子を手がかりに低酸素反応を主体としたバイオストレスシグナルの解明に取り組んでいる。


低酸素反応性因子「HIF」

2017-03-10

低酸素反応性因子「HIF」


HIF (hypoxia inducible factor) を含む情報伝達系の破綻により、癌だけでなく脳梗塞や心筋梗塞などの虚血疾患における病態に大きく関わることが報告された。HIF1aは、常酸素下においてユビキチンープロテアソーム系により分解され発現しないが、低酸素下においては分解が抑制され発現した後、核内に移行する。核内では、パートナーである別の転写因子ARNT(ダイオキシン受容体との結合因子でもある)と2量体を形成し、DNA上に存在するHRE(hypoxia responsive element)に結合することで赤血球造血因子(EPO)や血管内皮増殖因子(VEGF)などに代表される低酸素依存性の転写を引き起こし、低酸素応答を起こす。これまでの研究で、これらの因子は、アトピー性疾患などの免疫系、筋肉の肥大、心筋肥大などの骨格筋系、脳梗塞、心筋梗塞などの虚血性、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経脱随性疾患に直接、間接的に関わることを見出してきた。低酸素に反応するバイオストレスシグナルは、まさに生命現象の根幹をなすものであり、また、多くの重要な疾患の機序を解明するための大きな糸口になることが明らかになりつつある。私達は、これらの因子の解析を通して、多くの疾患の機序を明らかにするとともに、トランスレーションリサーチに結びつけ、その診断方法や治療薬の開発を目指している。


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血管新生調節因子Int6

2017-03-10

血管新生調節因子Int6


HIFaには3つのサブタイプが報告され、HIF-1aに関してはこれまでに詳細な制御機構が報告されている。常酸素下では、proline hydroxylase(PHD)によるプロリン残基の水酸化、およびユビキチンリガーゼであるVon Hippel Lindau病原因遺伝子産物pVHLによるユビキチン化とプロテアゾームによる分解が惹起されるが、低酸素下ではPHDが阻害されるためにHIF-1a は転写活性を示す。HIF-1aが全ての臓器に発現する特性を持つのに比べ、HIF-2aの発現は比較的限局され、血管内皮や筋肉などに多いことが報告されている。このHIF-2aの制御はHIF-1aと一部同様のPHDおよびVHLによる分解制御が報告されているが、癌細胞での発現は低酸素の影響が少なく、その発現に別の機序が関与していることが示唆されていた。


私達はHIF-2aの新たな発現機序の解明に向けた酵母Two hybridによる解析により、6個の陽性クローンを見いだし、同定した結果その一つのクローンが乳癌の新規癌遺伝子Int6 (eIF3e/p48)であることを見いだした。このInt6は、翻訳調節や蛋白発現調節に関わっていることが以前から報告され、乳ガン発症ウイルス MMTV (mouse mammary tumor virus) がゲノムへのintegrationされる際の標的遺伝子の一つである。MMTVのintegration siteは全部で9つあり、Int5はaromatase (CYP19)、Int6は翻訳調節因子eIF3eとして報告され、これ以外はWnt, Notch, fibroblast growth factor (FGF) に関係している。MMTVのintegrationにより、C-端が欠損した、いわゆるdominant negative formであるInt6 DCが発現し、マウスの乳癌を発症すると報告されているが、発がんにおける直接の機序は不明であった。
このInt6遺伝子を培養細胞に発現させたところ、きわめて効率よく細胞死を起こし、特異的なドメインの欠損変異遺伝子では安定な発現が見られた。
Int6とHIF2αのこのような結合がHIF2αの活性にどのような活性変化を起こすかについて詳細な実験を行った。その結果として、
(1) dominant negative であるInt6-DCは低酸素非依存的にHIF2αのVEGFの活性を1.5倍から2倍上昇させた。
(2) この活性上昇は、HIF2α特異的であった。
(3) siRNAを用いて内因性Int6のknock downの影響をみたところ、siRNA Int6によってHIF2αの発現が安定化およびMCF7細胞の内因性のVEGFの活性がnormoxiaのみならずhypoxiaでも著明に上昇した。

更に、
(4) Int6によるHIF-2aの分解はプロテアゾーム依存的であったが、低酸素やPHD/pVHLに非依存的であり、HIF-1aとは異なった新たな制御機構が確認された。



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Int6-siRNAによる血管創生と治療薬開発

2017-03-10

Int6-siRNAによる血管創生と治療薬開発



これらの解析結果により、Int6はHIF2αの直接の調節因子であり、その低下が血管新生や癌化につながることが予想されたため、GenomOneを用いたトランスフェクシュン方法でInt6のベクター型siRNAをマウスの皮下に注射すると、これまでにない強力な血管新生誘導が観察された。

病理学的な観察では、正常な弾性繊維と平滑筋を持つ正常な動脈がほとんどで、腫瘍性血管に見られるような出血は全く認められなかった。

これまでの報告をもとに以上の結果をまとめると、Int6はHIF2αに結合することによって、HIF2αの分解を亢進し、Int6の発現低下(siRNA)や、その他の刺激により、この分解が抑制された場合には、血管新生因子、増殖因子などが増えることによって著明な血管新生につながることが判明してきた。いわば血管新生のマスタースイッチの一つである可能性が示唆され、今後の詳細な解析を進めている




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